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初めて井上先生に会う事ができた。1月の7日と思う、はっきりとした事は当時の手帳を見ても記載がないので分からないが、遅くても14日の土曜日だろう。初めてお会いした時、ふるさと松山での個展を終えられ、その時のパンフレットを頂戴した記憶がある。押しかけて行ったわりには、あまり、どんな事を話したのか記憶がない。絵を描くのに夢中になっていたのだろう。やさしい良い先生だなと思ったのは確かだが、後に、おそろしくこわい先生だと言うことが解った。しかし、僕は先生の絵に対する情熱と愛情があふれているからだと思ったので、この教室にお世話になった1年間、本当に楽しく学ぶ事が出来た。この間、先生には絵だけではなく、絵描きになることも教えていただいたように思う。今、絵を描き続けていられるのは井上 和先生のお陰と心より感謝している。下の絵がその時に描いたものと思う。
       
アネモネF6
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by taiyoart | 2014-12-05 23:11 | 絵ごよみ随想 | Trackback | Comments(0)

画材店で買いそろえたクサカベの油絵の具、パレット、筆、筆洗、油壺、ナイフ、ペインティングオイルなど、木箱に入ったセットとファンデーションを塗った6号キャンバス2枚をクリップで止め、教室に持参。少し早めに着いたが、さっそく先輩からイーゼルの保管場所を教えていただいた。それは二階の鍵の掛かる小部屋にあり、スチール製の棚に木製のスタンダードなイーゼルが何本も山積みになっていた。4〜5本両手に持って3階の教室に持って上がる。先輩方も早く来た人が持って上がるらしい。しかし、これは新人の仕事だなと思った。どの世界でも新人としてのやるべきことは必ずある。当たり前のことながら、ちょっとめんどくさいなと思った。自分の仕事以外となると勝手なものだ。
イーゼルの立て方、絵の具やパレットの使い方など、説明を受けながら準備をはじめる。実を言うと高校(機械科)の時、美術クラブに入り3〜4枚ではあるが、油絵を描いたことがある。そんな事で一応、知ってはいたが、昔の事でもあり、一生懸命に聞きながらセットした。(高校時代は美術部以外に自動車クラブにも入っていたので、絵はほとんど描いていなかった。)
セットが終わりいよいよ描きはじめる。モチーフは椿の花だった。だんだんと描き進めるうちに楽しくてにこにこしながら描いた。本当にうれしかった。いろいろな理由はあったにせよ、なんで今まで絵を描かなかったのか不思議なくらいだった。「初めてじゃないんじゃないの」「最初からそんなに描けなかったよ、僕は」などと先輩方からおだてられながら、調子に乗って描いた。まだ井上先生とは会えず・・・。


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by taiyoart | 2014-12-04 09:39 | 絵ごよみ随想 | Trackback | Comments(0)

井上 和先生宅に電話をして、奥様にお聞きした絵画グループの3名の役員の中から、まず、一番目の方に電話をした。奥様は留守の場合を考え、3名の方の電話番号を教えて下さったのだと思うが、電話はすぐにつながり、入会を許可された。詳しい話は11月26日(土曜)の午後1時に教室でと言うことで、親切丁寧にお誘いいただいた。
1994年11月26日
先日、奥様や役員の方からお聞きした通り、電車、バスと乗り継ぎ、教室に着いたが、かれこれ1時間ぐらいかかった。3Fの教室に行ってみると、もうすでに何人かは来ていて、油絵を描いていた。僕は先生のパステル画を見て、弟子入りしようと決めていたので、パステルとスケッチブックを持って行ったのだが、みなさん描いているのは油絵だった。先生の色のきれいなパステル画を見て、テンションを上げていたので、ちょっとがっかりした。しばらくして、住所氏名など簡単な入会手続きをして、会員の方々とも話をしたのだと思うが、あまり覚えていない。しかし、次の土曜日にはクサカベかホルベインの油絵の具セット、筆洗液とその容器、筆5本ぐらい、キャンバスF6号(2枚)、クリップ、ボロ切れなどを持って来るように言われた。このことは良く覚えている。皆さん口々に、あっちがいい、こっちがいいと二つのメーカーのうち、自分の使っているメーカーの方を進めていたのだと思うが、このやりとりを聞きながら、僕はなんとなくクサカベに決めていた。いよいよパステルではなく、油絵をはじめる事になったのだ。
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by taiyoart | 2014-12-02 22:09 | 絵ごよみ随想 | Trackback | Comments(2)

沖縄出身の洋画家、故大嶺政寛さん、故大嶺政敏さんとご兄妹の女性が経営する新宿の居酒屋に、僕は時々顔を出していた。この日は政敏さんが亡くなったばかりで、女将はえらく力を落とされ、嘆いていた。僕は話を聞きながら酒を飲んでいたが、かわいそうだなと言う気持ちと、自分は絵描きになるぞ!と心で決めていた事と重なり合い、みんなの前で「絵描きになるぞ!」と大声で叫んだ。


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by taiyoart | 2014-12-01 22:31 | 絵ごよみ随想 | Trackback | Comments(0)

この日、板橋の僕のスタジオに岸元克巳さんが友人を連れて遊びに来た。岸元さんの斬絵を見て以来、僕はパステルとスケッチブックを買い込み、数枚の絵を描いていた。それを岸元さんに見せたのだが、お世辞にもいいとは言わなかった。僕はカックリと来たが、それはそれとして、本題の何作か預かっていた作詞に附曲したものをピアノを弾いて聞かせた。こちらは好評だった。色々と歌作りについて語りあったが、そのうち、天気がいいので飛鳥山に花見に行こうと言うことになり、タクシーで向かった。飛鳥山の入口で車を降り、斜め前の酒屋で缶ビール他つまみ等を買い込み、高台の見晴らしの良いあたりで3人で花見をした。何を話したかあまり記憶はないが、一つだけ岸元さん(大阪生まれ)の父親が和歌山の和佐出身(僕と同じ日高町)なので、「今度一緒に帰ろうよ」と言ったことだけが思い出される。


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by taiyoart | 2014-12-01 10:48 | 絵ごよみ随想 | Trackback | Comments(0)